脂質異常症
【脂質異常症について】
脂質異常症とは、血液中の脂肪分(コレステロール、中性脂肪)が多すぎる、あるいは少なすぎることをいいます.従来高脂血症と呼ばれていた病態も脂質異常症の一部であるといえます.多くは運動不足や偏った食事、肥満などが原因で成人以降に発症します.脂質異常症を放置すれば動脈硬化が進行し、脳梗塞、狭心症・心筋梗塞、腎硬化症・萎縮腎・尿毒症などさまざまな病気を引き起こす原因となります.
【脂質異常症治療のための管理チャート】
(1)スクリーニング
→問診・身体所見・検査所見
(2)危険因子の評価
→一次予防、一次予防(高リスク病態)、二次予防
(3)脂質管理目標値の設定
(4) 治療
→生活習慣の改善
生活習慣の改善 + 薬物療法
【脂質異常症の身体所見】
脂質異常症は身体所見に乏しい疾患ですが、黄色腫は、数少ない身体所見の一つであり、確定診断に結び付く場合もあります.特に家族性高コレステロール血症のアキレス腱肥厚は特異性が高く、診断的価値が高いです.
- アキレス腱の肥厚
- 眼瞼黄色腫
- 皮膚における結節性黄色腫
- 角膜輪
- 手掌線状黄色腫
- 発疹性黄色腫 など
【脂質異常症診断のために測定すべき血清脂質】
- 総コレステロール(TC)
- トリグリセリド(TG)
- HDL-C
- LDL-C(Friedewaldの式 LDL-C = TC - HDL-C - TG/5 または直説法で測定) *Friedewaldの式は食後検体や TG ≧ 400 ㎎/dL では使用できません.TG ≧ 400 ㎎/dL の検体では直説法による測定は可能ですが、1,000 ㎎/dL を超えると正確性が担保できません.
- Non-HDL-C(= TC - HDL-C)
【脂質異常症診断基準】
LDL コレステロール | 140 mg/dL 以上 高LDLコレステロール血症 |
120~139 mg/dL 境界域LDLコレステロ-ル血症 | |
HDL コレステロール | 40 mg/dL 未満 低HDLコレステロール血症 |
トリグリセライド |
150 mg/dL 以上 高トリグリセライド血症 174 mg/dL 以上 高トリグリセライド血症 |
NonーHDL コレステロ-ル |
170 mg/dL 以上 高nonーHDLコレステロール血症 |
150~169 mg/dL 境界域nonーHDLコレステロ-ル血症 |
*この診断基準は、スクリーニングのための基準であり、薬物療法を開始するための値ではありません.
【管理目標値】
(1)診絶対リスク評価によるカテゴリー分類
①脂質異常症のスクリーニング
冠動脈疾患またはアテローム血栓性脳梗塞(明らかなアテロームを伴うその他の脳梗塞も含む)があるか?
「あり」の場合 → 二次予防
「なし」の場合
③久山町スコアによる絶対リスク評価を行う.
性別、収縮期血圧、糖代謝異常、血清LDL-C、血清HDL-C、喫煙の6項目でポイント算出しリスク分類(低・中・高)
<参照> 動脈硬化性疾患発症予測アプリWeb版
URL: http://www.j-athero.org/jp/general/ge_ tool2/
(2)リスク管理区分に基づく管理目標値の設定
治療方針原則 | 管理区分 | 脂質管理目標値(㎎/dL) | |||
LDL-C | Non-HDL-C | TG | HDL-C | ||
一次予防 | 低リスク | <160 | <190 | ||
中リスク | <140 | <170 | <150※※※ (空腹時) |
≧40 | |
高リスク | <120 <100 |
<150 <130※ |
<175 (随時) |
||
二次予防 |
冠動脈疾患または アテローム血栓性 脳梗塞の既往 |
<100 <70※※ |
<130 <100※※ |
一次予防:まず生活習慣の改善を行った後、薬物療法の適応を考慮する.
二次予防:生活習慣の是正とともに薬物療法考慮する.
一次予防における管理目標達成の手段は非薬物療法が基本であるが、いずれの管理区分においてもLDL-C が180mg/dL以上の場合は薬物治療を考慮する.
まずLDL-Cの管理目標値を達成し、次にnon-HDL-Cの達成を目指す.LDL-Cの管理目標を達成してもnon-HDL-Cが高い場合は、高TG血症を伴うことが多く、その管理が重要となる.低HDL-Cについては基本的には生活習慣の改善で対処すべきである.
これらの値はあくまで到達努力目標であり、一次予防においてはLDL-C低下率20~30%も目標値となり得る.
※ 糖尿病において、PAD、細小血管症(網膜症、腎症、神経障害)合併時、または喫煙ありの場合に考慮する.
※※ 「急性冠症候群」、「家族性高コレステロール血症」、「糖尿病」、「冠動脈疾患とアテローム血栓性脳梗塞(明らかなアテロームを伴うその他の脳梗塞を含む)」の4病態のいずれか合併する場合に考慮する.
※※※ 10時間以上の絶食を「空腹時」とする.ただし水やお茶などカロリーのない水分の摂取は可とする.それ以外の条件を「随時」とする.
【脂質異常症の治療】
脂質管理目標値の設定後は、一次予防の場合は生活習慣の改善(禁煙、食事療法、運動療法など)を行うことになります.二次予防の場合は、生活習慣の改善と薬物療法を一緒に始めます.
【食事療法】
総エネルギー摂取量の適正化、エネルギー産生栄養素の配分バランスの適正化(炭水化物50~60%、脂肪20~25%、残りがたんぱく質)は共通する食事療法の基本です.しかしながら、総エネルギー摂取量の適正な制限のもとでは、低炭水化物食は低脂肪食より有意にTG値の低下を認め、低脂肪食は有意にLDL-C値を低下させます.飽和脂肪酸やコレステロールの摂取を制限するとLDL-C値は低下しますが、飽和脂肪酸を減らして多価不飽和脂肪酸に置き換えてもLDL-C値が低下します.一方で不飽和脂肪酸のなかでもトランス脂肪酸(フライドポテト、ポテトチップ、ケーキ、ドーナッツ等に多く含まれる)はLDL-C値を高めるので注意が必要です.LDL-C高値の場合は、具体的に動物性脂肪、魚類の臓物、鶏の皮、卵類(特に鶏卵卵黄、魚卵も含む)、飽和脂肪酸を多く含む食用油、菓子類、乳製品、揚げ物の過剰摂取などを減らすようにします.
TGに関しては、魚油などに多いn-3系多価不飽和脂肪酸の摂取はTG値を低下させます.糖質とアルコールの制限も有効です.野菜や海藻、大豆製品(豆腐、豆乳、納豆)などの摂取はいずれも有効ですが、特に食物繊維はLDL-C値の低下に有用です.
<植物油を選ぶ際の知っておくべきポイント> 市販の菓子類などに用いられているやし油(ココナッツオイル)とパーム核油は飽和脂肪酸が約80%を占めています.オリーブ油と高オレイン酸紅花油は一価不飽和脂肪酸が70%以上を占め、多価不飽和脂肪酸が7~15%と少ない油です.綿実油、大豆油、とうもろこし油は、n-6系多価不飽和脂肪酸が約50%を占めます.また、亜麻仁油、えごま油はn-3系不飽和脂肪酸が55~60%を占めます.市販の調合サラダ油は2種類以上の植物油を調合しており、バランスが取れたものが多いです.LDL-Cの高い方では、飽和脂肪酸に偏らないように、また総エネルギー摂取量過剰の方では1日の許容量内で、味や料理の種類に合わせていろいろな植物油を使ってください.油は大さじ1杯(12gで約100Kcal とエネルギーが多いので、体によいと言われている植物油をふりかけて使う時も、使い過ぎないようにしてください.また、新鮮な状態で摂取できるために、少量で購入しましょう.
<注意> 近年、低炭水化物食については、体重減少に短期的には効果的であると言われていますが、1年後の体重減少効果は低炭水化物食と低脂肪食の間に有意差は認めていません.また、炭水化物を減らすことで増加したたんぱく質は慢性腎臓病へ、増加した脂質は動脈硬化性疾患への影響が報告されています.減量するにあたり、主治医と食事内容等をしっかり相談して体重調整を行ってください.
【運動療法】
運動療法には歩行やジョギングなどの有酸素能力を高める「有酸素運動」と筋力トレーニングなどの「レジスタンス運動」があります.どちらも脂質代謝を改善することが知られています.高齢者の場合には、有酸素運動に加えて、ウエイトトレーニングやスクワット・階段上り・ベンチステップ運動など自分の自分の体重を負荷にしたレジスタンス運動を併用することが脂質代謝の改善に有効です.
レジスタンス運動の注意点としては、有酸素運動に比べて筋骨格系障害が発生しやすい傾向にあります.そのため、潜在的な骨関節疾患の存在に配慮し、個人の体力や運動歴および現在の身体活動状況に応じた指導を受けてから行う必要があります.
有酸素運動は、血中乳酸の蓄積がなく、血圧上昇が軽度な、「話しながら継続して実施できる運動」で安全で効果的です.運動量は「運動強度(メッツMETs 代謝等量)」と「実施時間」の積(エクササイズ)で表すことができます.「激しい運動」は短時間で運動量を増やせるというメリットがありますが、筋骨格系障害をきたす可能性が高くなります.また、「激しい運動」を長時間行うことの有益性は確認されていません.一方、「短時間の高強度のインターバルトレーニング」の安全性と有効性が近年報告されています.体力の高い人では実施してもよいです.
通常速度のウォーキングは、運動強度メッツで表すと3メッツ(安静時代謝の3倍)であり、「中強度」の運動に分類されます.「中強度以上」の運動が脂質代謝の改善に推奨されています.しかし、近年、3メッツ未満の軽強度の身体活動の時間が長いとトリグリセライドの低下やHDLコレステロ-ルの上昇と関連することが報告されています.したがって、軽強度の運動を長時間行うことも血清脂質の改善に有効です.
*身体活動の強度:厚労省 身体づくりのための身体活動基準2013
URL: https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000002xple.html
【薬物療法】
・LDL-C低下療法の第一選択薬はスタチンです.どのスタチンを選択しても長期の安全性には差が在りません.しかし、高用量のスタチンを使用してもLDL-Cが管理目標値まで低下しない場合や、筋肉痛や横紋筋融解症などの副作用のためスタチンを十分量投与できない場合もあります.このような場合には、作用機序の異なる小腸コレステロールトランスポーター阻害薬(一般名エゼチミブ:ゼチーア)、陰イオン交換樹脂、プロブコール、PCSK9阻害薬(一般名エボロクマブ 遺伝子組換え:レパーサ)などを併用することでさらにLDL-Cをさらに低下させることができます.
・冠動脈疾患の二次予防においては、治療開始前LDL-C値にかかわらず、早期より最大耐用量のストロングスタチンを第一選択とした薬物療法が、推奨されています.
・慢性腎臓病(CKD)における動脈硬化疾患一次予防の脂質管理目標値は、LDL-C <120 mg/dL、非絶食時や高TG血合併症時では non-HDL-C < 150 mg/dL が推奨されています.2023年版のガイドライン改訂に伴い、糖尿病とCKDが合併している場合には更に厳格な脂質管理を考慮し、LDL-C <100 mg/dL、non-HDL-C < 130 mg/dL の管理目標値が提示されました.腎排泄性のフィブラート系薬は腎不全では禁忌です.
・肥満に起因する脂質異常症では高TG血症と低HDL-C血症を示すことが特徴的です.これにコレステロールや飽和脂肪酸の過剰摂取が加わると、高LDL-C血症を伴うこともよく認めるようになります.
・スタチン投与による筋関連症状は10%前後と比較的よく認められます.横紋筋融解症やスタチン関連ミオパチーは、重篤で避けるべき重大な副作用である一方で、頻度は非常に稀(0.001~0.03%)です.腎機能低下のある患者様でスタチンをフィブラート系薬と併用した場合には横紋筋融解症の発症頻度が増加するため注意が必要です.
・半減期が短いスタチンは朝よりも夕方に内服した方がLDL-C低下作用が大きいことが報告されています.短時間作用型スタチン(一般名プラバスタチン:メバロチン、一般名シンバスタチン:リポバス、一般名フルバスタチン:ローコール)は夕方に投与するのが良いと考えられます.
*一般名フェノフィブラート:リピディル、トライコアと一般名シンバスタチン:リポバスとを併用した大規模臨床試験では、横紋筋融解症の報告はなく、腎機能に問題なければ、これら2剤の併用は安全と考えられます.新たに認可された選択的PPARαモジュレーター(一般名ペマフィブラート;パルモディア)はフィブラート系薬よりもスタチンとの併用の安全性が高いと考えられています.
・甲状腺機能低下症ではスタチン投与でCKが上昇しやすいとされ、スタチン投与前に甲状腺機能低下の有無とCK値を確認しておくことが大事です.毎年健診を受けていて、以前は正常だったLDL-Cが急に上昇してきた場合には、甲状腺機能低下症の発症を鑑別しておく必要があります.甲状腺機能低下症の場合は、治療により甲状腺機能を正常化させることによりLDL-Cも低下するので、甲状腺機能を正常化させた後で再度脂質値を評価して脂質低下療法の必要性を考える必要があります.
・妊娠可能年齢の女性の脂質異常症に対する薬物療法には注意が必要です.胎児、乳児に対するスタチン、フィブラート系薬の安全性は確率されておらず、催奇形性の報告もあり、妊婦、授乳婦に対する投与は禁忌です.