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HTLV-1関連脊髄症(HAM)

【疾患概念】

HTLV-1関連脊髄症(HTLV-1 associated myelopathy: HAM)は、成人T細胞白血病・リンパ腫(adult t-cell leukemia: ATL)の原因ウイルスであるヒトTリンパ球ウイルスⅠ型の感染者の一部に発症する炎症性神経疾患です。

 

【疫学】

HTLV-1感染者数は日本に約100万人と推測され、感染者の5%にATLを、約0.3%にHAMを発症し、HAM患者数は全国で約3,000人とされています。

 

【原因】

HAMはHTLV-1感染細胞が胸髄(脊髄の神経は部位によって分けられ、背中の脊髄を胸髄と呼ぶ)を中心とした中枢神経組織に浸潤して引き起こす慢性炎症により、主に脊髄が障害されることによって起こります。脊髄病変ではHTLV-1感染リンパ球の浸潤が見られ、髄液中(脊髄周囲の液)や脊髄病変局所で一部の炎症性サイトカインやケモカインの産生が亢進しており、特に感染細胞や炎症細胞が産生するインターフエロンγ(INFγ)や主にアストロサイトが産生するケモカインCXCL10が互いに炎症促進的に作用して脊髄炎症を慢性化させ、その結果、神経細胞を障害していると考えられています。

 

【症状・徴候】

臨床症状の中核は進行性の痙性対麻痺で、両下肢の痙性(筋緊張が亢進して下肢が棒のようにつっぱる)と筋力低下(股・太もも領域の体に近い部位の筋力低下)による歩行障害を示します。初期症状は、歩行の違和感、つっぱり感、転びやすいなどであるが、多くは進行し杖や車いすが必要な状態となり、重症例では下肢の完全麻痺や体幹の筋力低下により寝たきりになります。下半身の触覚や温痛覚の低下、しびれ、疼痛などの感覚障害は約6割に認められます。自律神経障害は高率にみられ、特に頻尿、排尿困難、便秘などの膀胱直腸障害は病初期より出現し、進行例では起立性低血圧(低血圧の一種で、安静臥床後起立した際に血圧が低下し、ふらつき、めまい、頭痛がみられる)や下半身の発汗障害(下半身は汗をかかない代わりに上半身は発汗量が増える)、勃起不全がしばしば起こります。神経内科学的診察では、両下肢の深部腱反射(膝やアキレス腱など太い骨格筋につながる腱を筋が弛緩した状態で軽く伸ばしハンマーで叩くと、一瞬遅れて筋が不随意に収縮する反射)の亢進や、Babinski徴候(足の裏・小指側を強くこすると足の親指が甲の方に反る脊髄反射の1つ)などの病的反射がみられます。

 

【経過と予後】

HAMの経過は緩徐進行性と考えられているが、実は経過は個人差が大きいです。患者の8割は発症後緩徐に進行し(緩徐進行群)、約2割弱は発症後急速に進行し2年以内で自立歩行不能となります(急速進行群)。一方、頻度は少ないが、発症後長期にわたり軽症のままそれほど進行しない例(進行停止群)があります。HAMの経過は機能予後と相関することから、治療方針を決定するうえでより早期に疾患活動性を評価することが重要であります。また白血病(ATL)の合併はHAM患者の生命予後を左右するため、経過中は十分に注意を払う必要があります。特に、末梢血単核球中のHTLV-1プロウイルス量が4%以上、ATLの家族歴のある症例は、ATL発症リスクが高いことが知られています。

 

【検査】

HAMを疑ったら、まず血清中抗HTLV-1抗体の有無についてスクリーニング検査を行います。スクリーニング検査では一定の割合で偽陽性が存在するため。抗体が陽性の場合、必ず確認検査を実施し、感染を確定する必要があります。HTLV-1の感染が確認されたら髄液検査を施行し、髄液中の抗HTLV-1抗体(PA法)が陽性、かつ他のミエロパチーをきたす脊髄圧迫病変、脊髄腫瘍、多発性硬化症、視神経脊髄炎などを鑑別したうえで、HAMと確定診断します。髄液検査では細胞数増加を3~4割に認めるが、脊髄炎症を把握するには感度が低いです。一方、髄液中ネオプテリンやケモカインCXCL10の増加は多くの患者に認め、脊髄炎症レベルに対する感度が高く重要な検査(保険未承認)となります。血液検査ではHTLV-1プロウイルス量がキャリアに比して高値のことが多く、長期予後との相関が報告されています。また血清中の可溶性IL-2受容体濃度が高いことが多く、末梢レベルでの免疫応答の亢進を非特異的に反映していると考えられています。白血球の血液像において、異常リンパ球を5%以上認める場合は白血病(ATL)の合併の可能性を考えます。MRIでは、急速進行例の発症早期にT2強調画像で髄内強信号が認められることがあり、慢性期には胸髄萎縮がしばしば認められます。

 

【治療】

HAMの治療の最終目標は、HTLV-1感染細胞を除去し脊髄神経組織の破壊を抑制することですが、感染細胞を排除する根治的治療は実現していません。これまでの研究から、脊髄組織の損傷レベル、すなわち臨床的な進行度は脊髄炎症レベルと最も強く相関しているため、脊髄炎症を抑制・維持することがHAMの治療戦略であり、現時点では脊髄炎症の抑制効果を有するステロイドとINFαが治療の中心となっています。可能であれば、臨床症状に加え、髄液中ネオプテリンやケモカインCXCL10濃度により脊髄炎症レベルを評価しながら、疾患活動性に応じた治療を行うとともに、痙性や便秘、排尿障害、感覚障害に対する対症療法や、ADL維持のためのリハビリテーション療法も並行して行いたい。2023年よりHAL

医療用下肢タイプ(ロボットアシストスーツ)が保険適応となりました。HALを活用したリハビリテーションは県内でも限られた施設でしか対応していません。一方、HAMの新規治療として、HTLV-1感染細胞を標的とした抗体療法の開発が進行しています。HAMにおいてHTLV-1がケモカイン受容体CCR4発現T細胞に主に感染し、その機能異常がHAMの病態形成に重要であることをふまえ、HAMに対する抗CCR4抗体の治験が行われており、HTLV-1感染細胞を劇的に減少させる効果を発揮し、脊髄での炎症レベルを改善させることも示されています。今後のHAM治療薬として期待されます。

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